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最高の夏休み(其の弐)

 路肩に埋まりつつも、何とか人口よりも牛口の多い北海道のくそ田舎に引越しをした私たち。
 とりあえず落ち着いた場所は、村営住宅に入る前の仮住まいだったので、研修先とは別の牧場の管理人小屋をお借りしました。
 3LDKあるログハウスで、車に詰めるだけの荷物とやっぱりお借りした洗濯機・冷蔵庫を入れても二部屋は全く使いませんでした。牛舎がすぐ近くにあったので、牛の「ぶも〜ぶも〜。」と言う声しか聞こえませんでした。
 あっという間に荷物は仮住まいに収まり、「晩御飯を食べに来てね〜♪」と言う研修先の奥さんの声を見送りつつ、テレビも電話も無い部屋に、旦那と二人ぽつんと取り残されました。
 しばらくは、片付けをしたりパタパタ動いていたのですが、ふと落ち着くと、旦那以外誰も居ないのです。誰に頼まれたわけでもない、私たちの決断でここに来たにもかかわらず、物凄く不安で、物凄く淋しくなりました。気がつくと、ポロポロ涙をこぼしていました。今から考えると、妊娠中で精神状態が不安定だったのかも知れません。とにかく涙が止まりませんでした。その内、旦那ももらい泣きをしてしまい、二人でポロポロポロポロ泣きました。言葉もありませんでした。とにかく涙が止まらなかったんです。
 研修先の奥さんに言われた晩御飯の時間になったので、何とか泣き止み5km先の研修先(う〜ん、面倒臭いO牧場です)に行きました。O牧場に着いてからは、なぜか絶好調!!焼肉をバンバン食べ、さっき泣いたことも忘れたかのように盛り上がりました。どうやら先ほどの涙は一過性のもので、その後この村を離れるまで、情緒不安からの涙は一滴もありませんでした。思えば、私の人生でこの村での生活ほど精神的に満たされた時はありませんでした(今の所)。

 翌日から旦那の牧場研修が始まりました。朝5時半に牛舎に行き、搾乳・放牧・掃除・後片付け、一旦帰ってきてからご飯を食べ、一休みしてからまた牧場へ。2回目の搾乳に備え、餌の準備・掃除・子牛の世話、生き物相手の仕事は、365日休みが無いので、本当に大変なようでした。
 旦那にとって初めての肉体労働。ガタイはでっかいものの(身長186cm)とてもしんどかったようです。加えてイネ科のアレルギーがあることが判明し(結果的に私たちが酪農を断念した原因がここにあります)辛かったと思います。
 一方、私は田舎暮らしを満喫していました。子馬が生まれたり、季節ごとに咲く花、見渡す限りの緑色に二重の虹、直線が何も無い世界、本当に広い青空、これ以上何を求めたら良いのか分からないくらい、幸せな一時でした。これから生まれてくる子供も含めて、希望に満ち溢れていた気がします。

 そして、あっという間に時は過ぎ、O牧場の娘さんたちと山の上でカヌー遊びをした晩に破水、7月26日、初めての女の子を出産しました。

 このS村での一年半、親友のみさきは言いました「長い夏休みをもらったんじゃない??」

 いろはをこの村で出産できて、この村で1年以上育てることが出来て、私は本当に幸せでした。多分いろはは何も覚えていないと思いますが、いろはを覚えている人は沢山居ます。
 なんだかバタバタしていた私の人生、いろはを出産したあと1年は、このS村で本当にのんびりと過ごしました。たった1年半ではありましたが、S村で過ごした年月は、私にとって忘れられない最高の夏休みでした。