心の闇
誰にでも誕生日があるように、誰にでも心の闇があるのは当然のことだと思います。以下、脈略の無い文章が続きますが、読みたい人だけ読んでくださいm(__)m
昔「普通」と言う言葉にやたらと敏感で、自分は普通にはなりたくないと思っていました。つまり自分は特別なんだと…。
でもね、普通の人なんて居ない。皆、自分にとって自分は特別なんだって、いつだったか気が付きました。普通に生きるって凄く難しいことなんだよね。悩みのない人も、嬉しいことがない人も、居ない。多分、皆自分の人生を一所懸命に生きているんです。自分は特別じゃない。誰かを卑下したり、誰かにコンプレックスを抱いたりするのは、本当の自分を見失っているからなんだと気がつきました。
時々自分がなんなのか分からなくなります。私は誰なんだ??
昔のトラウマを引きずっているのだろうか??何を負い目に思っているのだろうか??確かめようのない自分の存在を、本当にもう確かめようが無いのに、自分の中で繰り返し問い掛けています「私は誰なんだろう」。もっと真実が欲しかった。もっと自信を持ちたかった。私が私で居られる基本の場所が、本当に欲しかったです。
20歳の時やっと手に入れた場所。この場所があるおかげで、私は本当に安定した(精神的に)人生を送れるようになりました。ココを手放すわけにはいかないはずなのに、平穏と言う隠蓑(かくれみの)で、凄く怠けた日々を送っています。
もっと家族を大事にしなければ…もっと頑張らねば…と思いつつ、ぬるま湯の方向に向かってしまうのは、甘いんでしょうね。
私自身は、とても周囲の人に恵まれて来ました。友人・友人の家族・先生・親戚・旦那…等等。
私の味方になってくれた人たちがいなかったら、今のように前向きに思考することも、平凡な生活を営むことも出来なかったと思います。子供にとって、大人の手って…ちゃんと見守ってくれてる目って…本当に大切なんです。親や環境がどうにもならなかった時…本当は一番支えて欲しかった人が支えてくれなくても、誰かちゃんとした後ろ盾があれば、とんでもない方向には行かないと思います。ってか、少なくとも私はそうでした。
だから、知って欲しい・気がついて欲しい、どんな子供でも存在するだけで価値があり、意味があるのだということを。
誰かを救うとかおこがましいけど、でも、自分の子供だけではなく、全ての子供が幸せになってくれれば…前向きな気持ちを持って生きていって欲しいって、切実に思います。ちょっとしたこと、ほんの少しのことでも、支えになって生きていける人は多いと思うんだ。
だからと言って、自分の家をおろそかにしては本末転倒ってことは分かっています。自戒の念を込めて、足元をちゃんと見つつ、みんなが幸せな生活を営めるように活動できたら、私自身とても幸せであります。それが、自分の心の闇を少し溶かしてくれる…そんな気がします。偽善かもしれないけどね。